「これからの洋食」イベントレポート

2023年10月28日開催「これからの洋食」フォーラム

フォーラムの様子

豪華出演陣が多いに語る!

明治の開港以来、いまや国民食といわれるまでになり、神戸が誇る食文化の一つ、「洋食」。その変遷や独自性を、食べて、体験するイベント「これからの洋食」の特別企画として、去る10月28日(土)、「これからの洋食」フォーラムが開催された。

食に通じたプロを招いてのトークセッションには、まちづくり・都市計画と共に美食空間学を専門とする武庫川女子大学教授・三宅正弘さん、『あまから手帖』編集顧問として長年、関西の食シーンを見続けてきた門上武司さん、関西屈指のフードライターとして知られる曽束政昭さん、そして創業70余年の老舗洋食店「グリル一平」三代目・山本隆久さんの4名が登壇。神戸の洋食の来し方、行く末について、それぞれ立場を異にする多様な視点から大いに話題は広がった。

登壇した武庫川女子大学教授・三宅正弘さん
登壇した門上武司さん
関西屈指のフードライターとして知られる曽束政昭さん
創業70余年の老舗洋食店「グリル一平」三代目・山本隆久さん

神戸洋食のルーツと知られざる逸話

昼時の開催とあって、来場者にはおつまみとして神戸コロッケと地元・灘の日本酒・剣菱が用意された。リラックスした雰囲気のなか、まずは、門上さんと曽束さんが、神戸の洋食のルーツについての話題からスタート。オリエンタルホテル、外国航路の客船、そこから派生する第3の系譜と、3つの系統の違いや特徴を紹介し、「それらのバックボーンをたどりつつ、店の個性を楽しむのが面白い」と、豊富な取材経験に基づいた、神戸洋食の味わい方を披露。さらに、京阪神で異なるソースの原料や店のロケーションなど、関西における地域性にも話はおよび、「京都・大阪が花街に必ず一つはあるという傾向がみられるが、神戸はそうではない」との門上さんの分析に対して、「神戸はハイカラ洋食、わざわざ食べにいくもの。レベルの高いシェフが腕を競い、幅広い客層が楽しめるメニューも考案していった」と、山本さんが神戸の特異性を挙げた。

また、神戸の洋食を支える独自の食文化として発達したのが、各地に根付いた多彩な地ソースだ。「グリル一平」でも、名代の味作りに欠かせない特定のソースがあり、「それゆえに神戸の外には店を出さない」というほど深い結びつきがある。「神戸の街が持つ多様な顔の一つ、工業地域が発達したことの産物が数多のソースメーカーで、区ごとに地域の味として定着した。だから神戸のお好み焼き店はマヨネーズを置いてない。ソースの味を大事にしてるから」と三宅さん。その上で、「神戸では“にくてん”と呼ばれていたのが、京都・大阪に行くと“洋食焼”と呼ばれるようになった。だから、お好み焼も洋食に入れるべき、と主張したい。意外に食のイメージは、実態とかけ離れてることが多いので」と、神戸のソース文化を踏まえて独自の視点から大胆な提案を投げかけた。

さらに、ホテルのカレーを160日間毎日食べ続けるなど、フィールドワークを重ねてきた三宅さんからは、神戸の欧風カレーにはオリエンタルとトーアの2大系統があること、かつて鉄道の食堂車の洋食を神戸の会社が手掛けた時期があり、神戸から全国にレシピやシェフを輩出していたこと、といった知られざる一面が明らかに。その中で、神戸洋食の老舗の一つ「赤ちゃん」の命名の由来は興味深いものだった。「それまで紺色が定番だった店の暖簾を、神戸では赤くしたのがきっかけ。赤ひょうたんや赤のれん、赤ひげなど、“赤”が付く屋号は、いわば神戸の象徴でした。この話、今回が初出しです(笑)」という、知ってるようで知らなかった歴史の発掘に、会場のあちこちで感嘆の声が上がった。

おつまみの神戸コロッケ
登壇者の門上さんと三宅さん

郷愁だけではない、次世代の洋食のイメージ

神戸の洋食が重ねてきた歴史や独自の伝統を振り返りながら、「これまで洋食=変わらなさを求めてきたが、次の世代は各自の表現を取り入れている」という曽束さん。門上さんも、「私たち世代には洋食にノスタルジーを感じるが、次の世代にはないもの。だから、今のあり方も違ってきて当然かもしれない」と、世代による洋食のイメージの変化に目を向ける。

実際に、山本さんからは、「うちで唯一変わらないのが、デミグラスソースとレッドソースの作り方。ただ、お客さんがおいしいと思うことが一番だから、客層に合わせて味を変えていい。四代目がフレンチでの修業を経て、新しいことをしたいということで、できたのが三宮の支店。同じ屋号でソースの味は違うけど、それも個性」と、「グリル一平」の近年の変化も語られた。

また曽束さんも、「老舗の中にも、伝統を継承しつつ他のジャンルと融合させたメニューもある。また最近は、体に優しいものを意識したり、県産素材を使ったりする店も増えている。そういう話が、洋食から出てくるのは驚きでもあって。付け合わせや味噌汁まで考えられているし、お客さんもそれを意識している」と、近年の客層や嗜好の変化、ジャンルの融合など、新たな提案が増えている傾向を感じている。

頑なに伝統を守るだけが洋食ではないという見方は、まさにその系譜を担う山本さんの言葉にも表れている。「変えるのは全然かまわない。それで神戸の洋食がおいしく変わるなら。うちのソースも、昔は辛くて子供が食べられないと泣かれたこともあったから、時代に応じて、ほんの少しずつ変えていって、各店がそういう努力を重ねてきた結果、今の味がある」。

ますます広がる、洋食の楽しみを神戸から発信

今もって変わり続ける洋食は、まだまだ伸びしろがあるジャンルともいえる。曽束さんからは、「和食との融合は伸びしろがあるかもしれません。日本酒と洋食は、何か味のつなぎ役さえあればいけるのでは。天ぷらが合うならいけそう」とのアイデアが出たが、実は山本さんも兼ねてから温めていたもの。「東京の老舗『たいめいけん』でかつて洋食懐石というのがあって、先代はそれを見て料理を志したと言われる。その復活がこれからの夢。普通の洋食では体がしんどいから、少しずつ色々食べてもらえる懐石スタイルなら、灘の酒と合わせるのも一つ。一平では元の味を守ってきたが、4代目が新たにしてくれたから、近々卒業して、別の場所で自分のやりたい料理をしようと思う」と、自らの新境地へのチャレンジを明かした。

こうした現状を受けて、「洋食で代を継ぐ、修業した人が外に出て新しい味を作るというのは、他の街にはない神戸ならではの動き。今も枝葉が伸びていくのがすごい。京都の和食は代を継ぐのが仕事と言われるが、神戸では洋食がそういうポジションにあるのではと感じる」と門上さん。

継ぐことにも様々な形があるが、山本さん曰く、「うちの味を好きになって、中国とベトナムからきてくれた料理人が、今は中心となって店を切り盛りしている」という「グリル一平」新開地本店の現状は、すでに新しい継承の形を先取りしているといえる。「先々、ワールドワイドな洋食が生まれる現場に立ち会えるかもしれない」「海外から人を呼ぶとはすごい。女性ももっと出てくると頼もしい」と、一堂が神戸洋食の新たな展開に期待を寄せた。

およそ150年前に伝わって以来、歴史を重ね、伝統を継ぎながら、今も広がりを見せる神戸の洋食。充実したセッションの最後には、改めてその楽しみ方が語られた。「地域ごとの洋食の食べ比べの楽しみが神戸にはある。ここでの体験を軸に、関西、全国を食べ歩くと面白い」と曽束さんが言えば、「神戸の洋食は、過去・現在・未来がつながっているから面白いし、対比すると違いや個性も分かりやすくなる。それを踏まえて、洋食の神髄にもう一度目を向けてほしい。神戸にはその多彩さがあるから」と門上さん。

一方、「神戸の洋食は昭和30~40年代の実態がよく分かっていない。どこかでまとめないといけない。記録を残して、神戸から発信しないと。今回は一つの良い機会になったと思うので、皆さんの声をお待ちしている」とは三宅さん。多様な視点から洋食の魅力を大いに伝えると共に、語り継ぐべき神戸の食文化の深みを改めて実感したセッションとなった。

(レポート/田中慶一)

2023年11月22日開催「洋食パリス」特別食事会

「洋食パリス」特別食事会の様子

新店が目指す新しい洋食

「これからの洋食」特別食事会の企画は、神戸における老舗と新店のコントラストを体験することを狙いとして開催。『洋食パリス』は2022年クリスマス・イブに開店したまだ1年未満の新店です。『LE BOOZY』や『THE BAKE』など、神戸の人気店を手掛ける小林元気さんがオーナーで、女性店長(料理長)と共にお店を切り盛りされています。今回の特別コースにおいてもお二人の想いが詰まった仕立で、参加者は楽しく、美味しい笑顔に包まれました。

トークセッションでは、門上武司さんと小林さんの掛け合いも食事に華を添えました。「コンセプトメイキングがとても特徴的ですね」と門上さん。お店のコンセプトはフィクション仕立にし、100年前に創業し数々の著名人に愛された洋食店の復活として物語を描かれています。そんな物語を作った小林さんは、「日常的でカジュアルな洋食店もいいのですが、僕は夜のみの営業にして、100年前にそうであったように、ご馳走としてハレの空間を作りたかった」と語ります。その仕掛けとして、「スイングカラン」を導入。昭和初期にあった日本オリジナルのビールサーバーをオマージュし、生ビールを楽しんでもらうことで、その雰囲気を少しでも作れればと言います。一品目、特注するパン粉をまといラードで揚げられたコクと甘さが合わさる「エビフライ」とは好相性。今の技術やありようで、ノスタルジックを表現する。そこに「これからの洋食を感じる」とは門上さんのコメントでした。

「洋食パリス」の外観
メインを飾ったハンバーグと、レバーのステーキ

洋食は日本食である!

ボリューム満点のコースで、メインを飾ったのはハンバーグとレバーのステーキ。2種類のデミグラスソースがかけられます。ハンバーグには、肉本来の味わいを塩で引き立てるために、優しいデミグラスは余韻を演出します。またレバーステーキには「焼き鳥を食べる感覚で」醤油で割ったデミグラスを注ぐ。「スッと身体に溶け込む味わいを目指しています!」とは小林さん。「洋食と言いつつ、日本人の味覚に味わいをチューニングしてきた歴史が、日本食だと言えますね!」と門上さんはその言葉に応えます。

「神戸港開港から時代を重ね、西洋文化が日本らしい洋食に変化してきました。だからこそこの街(神戸)でしかできない味わいをつくっていきたい」と小林さんは言います。日本人にとって馴染みのある、海老フライや、ハンバーグ、カレーライスをハレの食事として仕立られたコースに、ビールやワインを合わせて提供。各テーブルで会話が弾み、笑顔に包まれる空間と時間が流れ、「外食冥利に尽きるよい景色をみることができました」と小林さんは締めくくります。

*コース料理の全貌、トークセッションで出演した門上武司さんのブログはこちらから

この日だけの特別コース、メイン料理
笑顔に包まれる空間

2023年11月27日開催「グリル一平 新開地本店」
特別食事会

「グリル一平 新開地本店」特別食事会の様子

老舗の凄み、プレートは語る!

11月27日(月)、「これからの洋食」特別食事会の第二弾は「グリル一平」新開地本店で開催された。会場には30名が集まり、和やかなムードのなか提供されたスペシャルメニューは、とりどりの主菜を盛り込んだ特別プレートが主役。海老・帆立・蛎の魚介のフライに、チキンカツ、ハンバーグと、「一平」の人気の品が一堂に味わえる“大人のお子様ランチ”ともいうべき贅沢さ。さらに、締めには名物のオムライスも。お客の希望に合わせてサイズを変える心遣いに、シェフの技巧と老舗の懐深さを感じられた。また食後には、フードライター・田中氏が、食事に合わせたコーヒーを用意。今年100周年を迎えた兵庫区の焙煎卸「エキストラ珈琲」とのコラボレーションも会に彩りを添えた。

「グリル一平」3代目の山本氏と田中氏のトークセッションでは、「一平」の屋号の由来や味わいの秘訣、震災時の苦心など、知られざる足跡と逸話も語られ、一堂が興味深く聞き入った。最後に、新たに本店の味を継ぐ、中国出身の現店長も今後の抱負を披露。時代を越えて受け継がれる老舗の味と、頼もしい次代の担い手の登場に、神戸洋食の醍醐味とさらなる広がりを感じられる、貴重な機会となった。

とりどりの主菜を盛り込んだ特別プレート
締めには名物のオムライス
食後はフードライター・田中氏が食事に合わせたコーヒーを用意
新たに本店の味を継ぐ、中国出身の現店長

主催:公益財団法人 神戸ファッション協会